https://www.slotloevestein.nl/
マース川 (Afgedamde Maas) とワール川が合流する典型的なオランダの川の風景の中に、1358年に騎士 Dirc Loef van Horne が城を建てました。新オランダ水防衛線の一部でもあるルーフェスタイン城は、2021年にユネスコの世界遺産に登録されました。
今回の遠足では、城、外郭、兵士の村を見学して、当時の歴史に思いをはせました。また、かつてここに収監された「国際法/自然法の父」グローティウス、そして彼の有名な脱獄についてお話を聞きました。
日程:2025年6月22日(日)
11:45 城門の入り口に集合、入城手続き
12:00ごろ Taveerneでランチ
13:00 場内見学(ジャネットさん)
14:00ごろ 一旦解散。お城の地下室や周囲の散策
16:30ごろ 解散
参加者: 会員6名と家族&友人、総勢12名
報告(前半)
暑すぎず、寒くもなく、最後まで良い天気に恵まれました。まずは Taveerne のカフェテリアのテラスでランチをしました。
その後、ガイドのジャネットさんが城内を案内してくださいました。
城内(地上部)
お城の中庭から見た壁。お城がだんだん現在の形になっていくのが見えます。特に下のほうにある古い壁には ’misbaksel’ と呼ばれるツヤのある硬いレンガが混じっています。資金不足だったからだそうです。
地階(1階)にある「騎士の間」(Ridderzaal)。冬はとても寒い部屋で、窓にはブタの膀胱を伸ばして作った白い膜をガラスがわりに貼っていました。
この部屋に有名な法律学者の Hugo de Groot (グローティウス、1583-1645)が監禁されていました。
オランダとスペインとの長い戦争(80年戦争)の間に12年間の休戦期がありましたが、その時にオランダ国内ではキリスト教の解釈をめぐる争いが激しくなりました。Hugo の属する派閥は争いに負け、Hugo は Loevestein城に投獄されました。
投獄中も家族との面会や書物の搬入・搬出、そして執筆活動は可能でした。Hugo の妻の Maria と侍女の Elsje の協力、そして周到な準備の末、対岸の Gorinchem の祭りの日に警護が手薄になったスキをついて脱獄に成功しました。Hugo は事前に、ひとまず安全な場所に行くまでの2時間、小さい書物の箱に隠れる練習を獄中で密かにしたそうです。
その後 Hugo はパリに亡命して、書物を出版しました。その1つが『戦争と平和の法』です。
海は誰のもの? 海で使える法律は?
『自由海論』
↓
休戦、論争、投獄、脱走
↓
どうして戦争は何十年間も終わらないのか?
誰が、どんなときに戦争を始められるか、終わらせられるか?
『戦争と平和の法』
……
再びお城見学に戻ります。
屋根裏部屋。木材の交換などはありましたが、基本的に建造時から同じ造りになっています。大きな回転軸は物資を上階に運ぶためのリフトです。
カタパルト(投石器)のミニチュア。これで砲弾がわりの小さい袋を放り投げてくれました。後ろにある砲弾は100kgクラスのものも。300m飛んだそうです。
広間の暖炉の上にある壁画。同盟国の紋章の上に、アザミの絵が。アザミはお城の周辺にもよく生えていて、棘が痛いです。裸足に近い敵を防ぐのに効果的だからだそうです。
暖炉の前のベンチは、背もたれのバーが前後に動いて、座る人が向きを変えやすいスグレ物です。
お城のキッチン。当時使った香辛料や食材が見られます。
(ニンジンも当時から食べられていました。カボチャはもっと後から渡来しました。)
ここまで、ガイドのジャネットさんに説明してもらいました。ありがとうございました。
ここで一旦、遠足の中締めとしました。
(後半に続く)
参考
Loevestein城
https://nl.wikipedia.org/wiki/Slot_Loevestein
日本語訳
Hugo de Groot(グローティウス)
https://nl.wikipedia.org/wiki/Hugo_de_Groot_(rechtsgeleerde)
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