Tuesday, September 17, 2024

9月例会:「ポジティブ・ヘルス」 川田 尚吾 氏

 9月8日、理学療法士であり日本で在宅介護やコミュニティー・ヘルス・ケアの実践にも関わってこられた川田尚吾氏によって「ポジティブ・ヘルス」に関するプレゼンテーションがオンラインでおこなわれました。以下その内容の簡単なまとめの報告とします。



        出席者:会員8名


健康概念の変化、発展

戦後1948年にWHOは「健康とは病気が無く、身体的、精神的、社会的に完全に良い状態であること」と定義し、この観念が一般的に受け入れられてきた。この完全に良い状態に支障が起こればそれは医療専門家の主導による医学的介入で対処されるものという考えが支配的になっていた。しかしこの健康の定義は必ずしも現実的ではない、現実とはマッチしない部分が多くあるし、患者個人の主観は二義的となり一方的に医学モデルに依存している、ということで医療の実践の中からも批判・反省が生まれ、もっと(患者)個人の人生の満足感とか生き甲斐とか価値意識に目を向け、それ等との兼ね合いから健康というものを考える見方が育ってきた。どんなに体調が悪くても、どんなに重篤な症状に見舞われていても、自分の生を真っ向から受けとめ周りに感謝しつつ余命を生きる「患者さん」たちも沢山いる。「健康」とは問題に直面した時にそれを理解し、その状態に適応し、自らそれを管理する能力、自分でベストな道を探りつつ歩む力、と考えるのが適切なのではないか。そのような「力」こそがポジティブ・ヘルスといえるものなのである。


本人中心、Resilience,(回復力、弾力性)

ポジティブ・ヘルスにおいてはある状況で本人自身が何を健康として捉えるかが要となる。いわゆる医学モデルにおいては医療専門家が状況を医学の基準に基づいて診断し技術に基づいた療法や薬の投与について決める、その中で患者は受動的な存在であるが、ポジティブ・ヘルスのレジリエンスに基づいた適応型モデルにおいては患者の心身全体に焦点を当て、患者の環境の中での自立促進を目的として医療はそれに支援的に関与、或いは協力する、ダイナミック・アプローチである。医療者の役割は患者を主導することではなく、本人との対話によって患者の人生観や生活環境と結びついた問題解決を支援することである。人間個人がもっている問題解決・適応能力を引きだす、支えることである。


ポジティブ・ヘルスを考える六つの指標

ポジティブ・ヘルスを実行するには先ず自分をよく知ることが大切。その手援けとなる六つの指標として

身体的状態(元気、調子がいい、病状・痛みが無い、よく眠れる、食欲がある、スポーツ後など身体の回復が早い、身体の軽やかさ)、

日常機能(身の回りのことができる、自分の元気を知る、健康を保つ知識、日常生活の計画、金銭管理能力、労働・ボランティア活動ができる、支援を求められる)、

社会とのつながり(他者とのつながり、尊重してもらえる、楽しみを共有できる仲間、必要な時支援してくれる人、居場所がある、やりがいある活動・仕事がある、社会に対する関心)、

暮らしの質(生活を楽しめる、幸福感、しっくり感、バランスのある生活、安心感、住まいと同居者への満足、十分な生活費)、

いきがい(意味のある生活、意欲がある、達成したい理想、将来に希望が持てる、人生の満足感、感謝の念、生涯学習)、

心の状態(記憶力、集中力、意思疎通力、朗らか、自己肯定感、問題解決能力、自己調整能力)

があり、自分はこれらの指標項目においてどんな位置にあるのか評価する。そして自分は今どんなところにあって、これからどうしたいのか、どうありたいのか、どういう方向に向かいたいのか、について考えをまとめることによって、生活共有者、ケア供給者、医療関係者などとの対話の手がかりとする。そういう対話がポジティブ・へルスを育むベース、或いは出発点となる。生活の悪い面、足りない面の改善に集中するのではなく、今の自分の状況にどんな可能性があるのかを見出していくのが主眼点となる。


対話中心、人間全体をみる医療

医療関係者と患者の関係も対話中心に移っていかなければならないが、これまでの数々の経験により「病状の多くは身体的なものではなく、体の支障や不都合には心理的、精神的、或いは生活環境的な要素が非常に大きい」ということが言われているが、医療技術で発見できない患者個人の状況を理解するには先ず患者参加による対話が重要な決め手となる。しかし、現在の医療体制(保険制度)では診療は患者一人当たり10分というような厳しい制限がある。対話時間を長くするとそれだけ医師の時間を使うので高くつくのではないかと当然思わるが、必ずしもそうではない。結果的には対話時間を充分とることが投薬量の減少、専門医照会率の減少にも繋がり、その結果、保険会社の支払う年間医療コストが返って数%下がったということが、ポジティブ・ヘルスの実践的プロジェクトによって実証されている。今特にリンバーグ州で広範にみられるポジティブ・ヘルス実践プロジェクトの経験に踏まえて、保険制度のルール見直し、特に対話診療時間を現在の患者一人当たり10分から少なくとも15分に延ばす努力もある。そういう意味でオランダではポジティブ・ヘルスの概念が徐々に認められ新しい方向に歩み始めているのではないかという希望観測ができる。   以上

(世話人/報告:M.S.)

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